初級Mathマニアの寝言

数学は色々なところで応用可能であり、多くの人が数学の抽象的な概念の意味や意義を鮮明に知ることができれば今まで以上に面白い物や仕組みが生まれるかもしれません。このブログは数学を専門にしない人のために抽象的な概念の意味や意義を分かりやすく説明することを目的としています。数学を使って何かしたい人のお役に立てたら幸いです。

ガトー微分とフレッシェ微分:方向微分と勾配の一般化

この記事ではノルム空間の間に定義された関数のガトー微分とフレッシェ微分について解説します。この記事の全体を通して  \mathcal{E}, \mathcal{F} {\bf R} 上のノルム空間とします。ここで、ノルム空間とはノルムが定義されたベクトル空間のことです。例えば、 {\bf R}^m m 次元のベクトル空間で任意の  x=(x_1,x_2,\ldots, x_m)\in {\bf R}^m に対して  ||\cdot || ||x||:= \sqrt{x_1^2+x_2^2+\cdots +x_m^2} と定義することで  ||\cdot|| はノルムとなり、 {\bf R}^m m 次元のノルム空間ということになります。

ノルム空間  \mathcal{E}, \mathcal{F} は有限次元かもしれないし、

で紹介したような2乗可積分な関数全体の集合  L^2({\bf R}) のように無限次元かもしれないことに注意してください。

 

全微分と方向微分

まず、 \mathcal{E}={\bf R}^n, \mathcal{F}={\bf R}^m とします。このとき、 f:{\bf R}^n\rightarrow {\bf R}^m p\in {\bf R}^n において全微分可能であるとは線形写像  L:{\bf R}^n \rightarrow {\bf R}^m が存在して、\begin{align} \lim_{h\rightarrow 0} \frac{||f(p+h) -f(p) -Lh||}{||h||} = 0 \end{align} となるときに言います。ここで、 ||\cdot || はユークリッドノルムです。この線形写像  L は存在したら一意に定まって、 f p での微分と言い \begin{align} \frac{\partial f}{\partial x}(p) \end{align} と書きます。行列  \frac{\partial f}{\partial x}(p)\in {\bf R}^{m\times n} f p でのヤコビ行列と言います。特に、 m=1 のときのヤコビ行列を勾配と言います。

また、関数  f:{\bf R}^n\rightarrow {\bf R}^m p\in U での  0\neq h\in {\bf R}^n に沿った方向微分とは\begin{align} \lim_{t\rightarrow 0} \frac{f(p+th)-f(p)}{t} \end{align} のことでした。方向微分とヤコビ行列の間には、ヤコビ行列が存在するなら、 \begin{align} \lim_{t\rightarrow 0} \frac{f(p+th)-f(p)}{t}=\frac{\partial f}{\partial x}(p) h \end{align} という関係があります。特に、 m=1 のときは、\begin{align} hに沿った方向微分 = 勾配とhの内積 \end{align} という関係が得られます。

以下で紹介するガトー微分は方向微分の一般化、フレッシェ微分は勾配の一般化です。その前に、線形写像の連続性と有界性の関係について紹介しておきます。

ノルム空間の間の線形写像の連続性と有界性

ノルム空間の間の関数  f:\mathcal{E}\rightarrow \mathcal{F} が点  x^*\in \mathcal{E}連続であるとは、任意の  \epsilon>0 に対して、ある  \delta>0 が存在して\begin{align} ||x-x^*||<\delta \Rightarrow ||f(x)-f(x^*)||<\epsilon \end{align} が成り立つことでした。ここで、 \Rightarrow の左の  ||\cdot|| \mathcal{E} のノルムで \Rightarrow の右の  ||\cdot|| \mathcal{F} のノルムであることに注意してください。

関数  f:\mathcal{E}\rightarrow \mathcal{F} が線形で、ある  K\geq 0 が存在して、任意の  x\in \mathcal{E} に対して\begin{align} ||f(x)|| \leq K ||x|| \end{align} が成り立つときに関数  f有界線形写像と言います。

ノルム空間の間の線形写像  f:\mathcal{E}\rightarrow \mathcal{F} に対して一般に\begin{align} 連続 \Leftrightarrow 有界 \end{align} が成り立ちます。さらに  \mathcal{E} が有限次元なら常に線形写像  f は有界、つまり連続になります。 \mathcal{E} が無限次元の場合は不連続線型写像 - Wikipediaで説明されているように線形写像  f は連続になるとは限りません。

ガトー微分:方向微分の一般化

ガトー微分は次のように方向微分の一般化です。

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通常の方向微分は  \mathcal{E}, \mathcal{F} が有限次元のユークリッド空間になっているガトー微分です。上のガトー微分の定義は  \mathcal{E}, \mathcal{F} が無限次元の関数空間も含んだ定義になっているという違いがあることに注意してください。

ガトー微分  {\rm D}_h f(x) f について線形です。実際に、 f,g:\mathcal{E}\rightarrow \mathcal{F} のガトー微分  {\rm D}_h f(x),\, {\rm D}_h g(x) が存在したとすると、\begin{align} \begin{cases} {\rm D}_h (f+g)(x) = {\rm D}_h f(x) + {\rm D}_h g(x)\\ {\rm D}_h(\alpha f) (x) = \alpha {\rm D}_h f(x) \end{cases} \end{align} が成り立つからです。ここで、 \alpha\in {\bf R} です。

しかし、ガトー微分  {\rm D}_h f(x) は以下の例のように  h について一般には線形ではありません。

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上の例は関数  f が不連続でしたが、たとえ  f が連続であってもガトー微分  {\rm D}_h f(x) は以下の例のように  h について一般には線形にはなりません。

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フレッシェ微分:勾配の一般化

フレッシェ微分可能は次のように全微分可能の概念の一般化です。

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フレッシェ微分  {\rm D} f(x) はガトー微分  {\rm D}_h f(x) とは異なり、 {\rm D} f(x)[h]  h について線形であることに注意してください。また、 \mathcal{E} が有限次元ならフレッシェ微分  {\rm D} f(x) は常に連続となりますので定義に連続という条件は必要ありませんが、 \mathcal{E} が無限次元だと一般には {\rm D} f(x) は連続にならないため連続の条件を定義に入れています。フレッシェ微分可能と全微分可能の定義と比較すると、 \mathcal{E}={\bf R}^n,\, \mathcal{F}={\bf R}^m のときに点  x\in {\bf R}^n でのフレッシェ微分  {\rm D} f(x) はヤコビ行列  \frac{\partial f}{\partial x}(x) ということになり、 m=1 ならフレッシェ微分  {\rm D} f(x) は勾配だということになります。

フレッシェ微分可能の定義の中で  {\rm D}f(x)[h] には名前を付けていませんでしたが、実は次の定理で示すように  {\rm D} f(x)[h] は方向微分 {\rm D}_h f(x) に一致します

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上の定理が言ってることは、 f:\mathcal{E}\rightarrow \mathcal{F} \mathcal{E} の開集合のある点  a でフレッシェ微分可能であるための必要条件は、 a f が連続であることを言っています。つまり、上の例で示したように不連続な点でガトー微分は存在することがありましたが、フレッシェ微分は存在しません。

関数  f:\mathcal{E}\rightarrow \mathcal{F} x\in \mathcal{E} でのフレッシェ微分は存在したら一意に定まります。実際に、フレッシェ微分が  {\rm D} f(x) {\rm D}' f(x) というように二通り存在したと仮定します。このとき、フレッシェ微分の定義から \begin{align} \lim_{h\rightarrow 0} \frac{ ||({\rm D} f(x) - {\rm D}' f(x))[h]||}{||h||} = 0 \end{align} が成り立ちます。この関係式から  {\rm D} f(x)={\rm D}'f(x) が言えるのでフレッシェ微分は一意に定まることが言えます。このことは上の関係式より、 \epsilon を十分小さな正数とすると、\begin{align} \frac{ ||({\rm D} f(x) - {\rm D}' f(x))[\epsilon h]||}{||\epsilon h||}=\frac{ ||({\rm D} f(x) - {\rm D}' f(x))[h]||}{||h||} \end{align} の左辺がいくらでもゼロに近くなるということから言えます。なぜなら、右辺は  \epsilon に依らないので、等号が成り立つためには、\begin{align} ||({\rm D} f(x) - {\rm D}' f(x))[h] ||=0 \end{align} が成り立つ必要があるからです。これとノルムの定義から \begin{align} {\rm D} f(x)[h]=  {\rm D}' f(x)[h] \end{align} が任意の  h\in \mathcal{E} に対して成り立つことが分かったので、 {\rm D} f(x)={\rm D}'f(x) となります。

参考文献

ガトー微分とフレッシェ微分の定義を参考にしました。関数が変数の汎関数の最適化問題(変分問題)にガトー微分やフレッシェ微分の概念が役立つことも説明されています。

Optimization by Vector Space Methods (Series in Decision and Control)

Optimization by Vector Space Methods (Series in Decision and Control)

 

 

共役作用素

この記事では今後の記事を書くために必要となる共役作用素について簡単にまとめます。共役作用素とは次のように定義される線形作用素です。

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正確には上の  T の定義域は  H_1稠密である必要があります。そのときに, 上の  T^* が一意に定まります。

有界線形作用素  T の作用素ノルムと  T^* の作用素ノルムは一致することが示せます。ここで、線形作用素の作用素ノルムとは

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のことです。これは、

ogyahogya.hatenablog.comで書いたリースの表現定理を利用することで証明できます。

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●参考文献

 もっと詳しく色々書いてます。

ヒルベルト空間と量子力学 改訂増補版 (共立講座 21世紀の数学 16)

ヒルベルト空間と量子力学 改訂増補版 (共立講座 21世紀の数学 16)

 

 

超関数

超関数とは関数の概念を一般化したもので、もともとは物理の方で導入されたディラックのデルタ関数という計算に便利なものを数学的に正当化しようとして考え出されました。ディラックのデルタ関数は直感的にはガウス分布の確率密度関数の分散を0に限りなく近付けたときの極限関数が持つ性質を理想化したものです。

●ガウス分布とディラックのデルタ関数

まず、色々な分散のガウス分布の確率密度関数は次のようになっています。

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ディラックのデルタ関数は次のようにガウス分布の確率密度関数の分散を0へ限りなく近付けたときの特徴を理想化したものと考えられます。

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●ディラックのデルタ関数の変なところ

ディラックのデルタ関数  \delta は次のように突っ込みどころ満載です。

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このように  \delta 関数には変な部分があります。しかし、応用上は便利なので  \delta 関数を捨て去るのは勿体ないと変な部分を解消しようと努力した人がたくさんいました。その中でシュワルツという数学者は通常の関数の概念を一般化した超関数というものを創造することに成功しました。

●関数概念の一般化

シュワルツは次のように緩増加超関数というものを導入しました。ここで、 \mathcal{S}({\bf R})

ogyahogya.hatenablog.comの中で定義したシュワルツ空間のことです。

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 緩増加超関数全体の集合は定義から  \mathcal{S}({\bf R}) の双対空間になっています。

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緩増加超関数は通常の関数の一般化と考えることができます。そのことを見るために次のリースの表現定理というものを思い出しましょう。

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このリースの表現定理を用いると、前の記事で議論した関数空間  L^2({\bf R}) \mathcal{S}'({\bf R}) に含まれるということが次のように分かります。

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また,  L^2({\bf R}) に含まれないディラックのデルタ関数も  \mathcal{S}'({\bf R}) に含まれます。ただし、ここでのディラックのデルタ関数は上で与えたような数学的に意味のないものではありません。

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●超関数の積分による表示

通常の関数が与えられたら、その関数から積分を利用して緩増加超関数を次のように定義することができます。

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これと同じように、今度は緩増加超関数を積分の形で書いてみましょう。例えばディラックのデルタ関数であれば次のようになります。

 

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一般の緩増加超関数に対しては積分の形で書いていても積分の意味は持たないことに注意しましょう。しかし、気持ちを表現するのに便利なのでよく使われます。

次の例も緩増加超関数です。これはディラックのデルタ関数のちょっとした一般化になっています。

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●超関数の微分

通常の関数として考えたときに微分できない関数も緩増加超関数として考えると微分できるようになります。まず緩増加超関数の微分を定義します。

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緩増加超関数として微分ができるようになる関数の例としては次のものがあります。

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また、ディラックのデルタ関数の微分は次のように認識できるようになります。

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●ディラックのデルタ関数は合成積の単位元

実数の世界の中で任意の実数に1をかけても値を変えることはありません。この場合の1のように要素を変化させないものを単位元といいます。ディラックのデルタ関数は関数の合成積の演算を考えたときの単位元になっています。このことを示しましょう。合成積については

ogyahogya.hatenablog.comを参考にしてください。まず、通常の関数と急減少関数の合成積を緩増加超関数だと思って急減少関数に作用させると次のようになることに注意しましょう。

 

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このことを参考に緩増加超関数と急減少関数の合成積を次のように定義します。

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すると、ディラックのデルタ関数が合成積の中で単位元になっていることが次のように分かります。

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また、二つの緩増加超関数の合成積は次のように定義します。

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すると、次のような計算が可能になります。

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●超関数のフーリエ変換

前の記事で関数のフーリエ変換について説明しました。フーリエ変換は緩増加超関数に対しても次のように定義できます。

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 ディラックのデルタ関数のフーリエ変換は1になります。

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このことは次のような解釈が可能です。

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また、1のフーリエ変換はここではデルタ関数に  2\pi を掛けたものになりますが、フーリエ変換の定義の仕方によっては単にデルタ関数になることもあります。

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●合成積のフーリエ変換

前の記事で時間領域の合成積をフーリエ変換すると周波数領域での普通の積になるという話をしました。このことは緩増加超関数に対しても成り立ちます。

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●参考文献

記事を書くときに参考にした文献です。

(1) スタンフォード大学の B. Osgood先生の講義資料の p152~p194まで。とても分かりやすい。

(2) 超関数のところを参考にした。分かりやすい。

 

これならわかる工学部で学ぶ数学

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 (3) この記事で紹介した超関数を考えた人の本の和訳。この記事よりも高度なことが書いてある。

 

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●予告

確率論では確率測度としてディラック測度というものを考えることがよくあります。これがここで紹介したディラックのデルタ関数とどんな関係があるかということや、いくつかの確率測度の紹介をしたいと思います。その次に、中心極限定理の話へ進みたいと思います。

フーリエ変換

フーリエ変換は色々な分野で応用されている便利な道具です。例えば、信号の解析をするためにフーリエ変換の原理を取り込んだFFTアナライザというものが計測関係の企業で使われています。FFTアナライザの中で行われていることはググるとたくさん出てきますので興味のある人はググってみてください。

フーリエ変換はよく時間領域の信号(関数)  f(t) を周波数領域に移し、逆フーリエ変換は周波数領域の関数  F(\omega) を時間領域の信号に戻すものだと言われ、次のような式で定義されます。

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イメージ的にはこんな感じです。

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上の図のようにフーリエ変換と逆フーリエ変換を使うことで時間の世界と周波数の世界を行ったり来たりできます。これは、時間の世界では解析が難しそうだったら周波数の世界に行ってみて、そこで簡単なものに変わってたら色々と信号を改良できて、改良したものを時間の世界に持ってこれるということを意味しています。

このようにフーリエ変換は便利そうなのですが、時間の信号の中にはフーリエ変換できないものがあります。この記事は、数学とは集合の性質を写像を通して調べる学問であるということを意識することで、どんな信号がフーリエ変換できるのかということや、数学的にフーリエ変換を観察してみると何が見えるのかということを説明します。

フーリエ変換しても住みかが変わらない関数空間とは?

まず、どのような関数であればフーリエ変換できるのかを考えましょう。ここで、関数  f がフーリエ変換できるというのは  \int_{-\infty}^{\infty} f(t) e^{-i\omega t} dt が発散しないことを意味します。まず

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という関数空間の中のすべての要素はフーリエ変換できることに注意しましょう。なぜなら、任意の  f\in L^1({\bf R}) に対して

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が成り立つからです。しかし、フーリエ変換は L^1({\bf R}) の要素を  L^1({\bf R}) へ写すとは限りません。

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実際に、次のような例があります。

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フーリエ変換しても元の関数空間と同じところに入るような関数の集まりはどのようなものでしょうか?

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つまり、どんな関数たちがフーリエ変換ができて、かつ、フーリエ変換後も住みかが変わらないのかということを考えましょう。

フーリエ変換は  (-\infty,\infty) 上で積分するということから直感的には無限遠での関数  f(t)が大きな値を持っているとフーリエ変換できなそうです。この直感を一般化して、すべての導関数が、無限遠において |t| のどんな負の整数ベキ乗よりも速く減衰するような関数の空間  \mathcal{S}({\bf R}) を数学者は考えました。

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実は  \mathcal{S}({\bf R}) の中に入っている関数をフーリエ変換しても再び  \mathcal{S}({\bf R}) の中に入り、また、逆フーリエ変換しても  \mathcal{S}({\bf R}) の中に入るということが言えます。

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これは関数空間  \mathcal{S}({\bf R}) が実用上大きな集合だったら (よく使う信号をたくさん含んでいたら)嬉しそうです。ところが、下の図のように \mathcal{S}({\bf R}) はそれほど大きな集合ではありません。

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ただし、 L^2({\bf R}) というのは

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と定義されて、色々な場面でよく利用される関数空間です。この  L^2({\bf R}) の中の関数をフーリエ変換して  L^2({\bf R}) の中に入ることを保障できないと応用上面倒なことがあります。

 L^2({\bf R})の空間がよく使われる理由

 L^2({\bf R}) の中には  L^1({\bf R}) と同様にノルムが定義されています。 L^2({\bf R}) L^1({\bf R}) との大きな違いは  L^2({\bf R}) の中には 内積 がつぎのように定義できるということです。

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実は、 L^2({\bf R}) のノルムはこの内積を用いて

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と定義されます。関数(ベクトル)の長さはノルムを使って測れますが、向きは内積を使って測ることができます。よって、 L^2({\bf R}) の要素は長さと向きを測ることができます。また、 L^2({\bf R})完備と言われる任意のコーシー列が収束するという性質を持っています。完備な内積空間をヒルベルト空間と言いますので、 L^2({\bf R}) はヒルベルト空間となります。ちなみに、完備なノルム空間をバナッハ空間と言い、 L^1({\bf R}) はバナッハ空間となります。ヒルベルト空間ならバナッハ空間なので  L^2({\bf R}) はバナッハ空間でもあります。

ヒルベルト空間の方がバナッハ空間よりも内積という構造が入っている分、深く研究でき色々な性質が調べられています。この成果を  L^2({\bf R}) を考えるときには利用できるのです。

フーリエ変換の  L^2({\bf R}) への拡張

前述の話をまとめると、  L^1({\bf R}) の要素は必ずフーリエ変換できるが、フーリエ変換した後は  L^1({\bf R}) に入るとは限らず、一方で、 \mathcal{S}({\bf R}) の要素をフーリエ変換すると再び  \mathcal{S}({\bf R}) の中に入るが  \mathcal{S}({\bf R}) は実用上は小さな集合だということでした。

そこで、数学者はどうしたかというと、  \mathcal{S}({\bf R}) で定義されているフーリエ変換を  L^2({\bf R}) へ拡張することを考えました。

まず、シュワルツ空間  \mathcal{S}({\bf R}) L^2({\bf R}) に含まれていたことに注意しましょう。つまり、 \mathcal{S}({\bf R}) の中の要素たちは  L^2({\bf R}) の内積を使うことができます。このことに注意すると、時間の世界での内積の値と周波数の世界での内積の値の間には次の関係が成り立つことが分かります。

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また、  \mathcal{S}({\bf R}) L^2({\bf R}) の中で稠密です。

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プランシュレルの定理と稠密性より  \mathcal{S}(\bf{R}) 上で定義されたフーリエ変換は  L^2({\bf R}) 上に拡張できます。

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 L^2({\bf R}) 上に拡張したフーリエ変換は次の性質を満たします。

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同様に、逆フーリエ変換も  L^2({\bf R}) 上に拡張されます。こうして、フーリエ変換に対する次のようなイメージを持つことができるようになりました。

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周波数の世界を陽に表す

フーリエ変換が  \mathcal{F}:L^2({\bf R}) \rightarrow L^2({\bf R}) として定義できましたが、時間の世界と周波数の世界を両方とも  L^2({\bf R}) で表現しているので少し分かりにくいです。そこで、周波数の世界を陽に表すために次の空間を定義します。

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このとき、時間の世界と周波数の世界の行き来の様子を次のように表現できます。

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また、プランシュレルの定理は次のように美しく書けるようになります。

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合成積のフーリエ変換

前の記事で確率変数の和を考えると確率密度関数の合成積が出てきて、合成積は確率密度関数の滑らかさを上げるので確率変数の和の確率分布関数はガウス分布ぽくなるという話を書きました。実は、フーリエ変換は時間の世界での和を周波数の世界での和に変えるだけでなく、時間の世界での関数の合成積を周波数の世界での普通の積に変えて計算をかなり簡単にする効果があります

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つまり、フーリエ変換  \mathcal{F}:L^2({\bf R}) \rightarrow L^2(i{\bf R}) は代数的な構造を保存し可逆なので同型写像となります。

よって、前の記事で確率変数  X_1,\,X_2,\,\cdots,\, X_n が独立で確率密度関数  p^{X_1}(x_1),p^{X_2}(x_2),\cdots,p^{X_n}(x_n) を持つとすると、 X:=X_1+X_2+\cdots +X_n の確率密度関数は

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となると書きましたが、フーリエ変換を施して

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を解析すればよくなります。中心極限定理を証明するときにこのことを使います。

参考文献

 記事を書くときに参考にした文献です。

(1) 全般に渡って参考にした。難しい内容だが丁寧に書いていて分かりやすい。

ヒルベルト空間と量子力学 改訂増補版 (共立講座 21世紀の数学 16)

ヒルベルト空間と量子力学 改訂増補版 (共立講座 21世紀の数学 16)

 

 (2)  フーリエ変換のイメージをつかむにはとても良い本だと思う。

これなら分かる応用数学教室―最小二乗法からウェーブレットまで

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予告

かなり数学的にフーリエ変換をやったので、次は応用の場面でよく登場するデルタ関数なんかを含む超関数の話とそのフーリエ変換の話をしたいと思います。その次に、前の記事の続きの中心極限定理について書きたいと思います。