初級Mathマニアの寝言

数学は色々なところで応用可能であり、多くの人が数学の抽象的な概念の意味や意義を鮮明に知ることができれば今まで以上に面白い物や仕組みが生まれるかもしれません。このブログは数学を専門にしない人のために抽象的な概念の意味や意義を分かりやすく説明することを目的としています。数学を使って何かしたい人のお役に立てたら幸いです。

フーリエ変換

フーリエ変換は色々な分野で応用されている便利な道具です。例えば、信号の解析をするためにフーリエ変換の原理を取り込んだFFTアナライザというものが計測関係の企業で使われています。FFTアナライザの中で行われていることはググるとたくさん出てきますので興味のある人はググってみてください。

フーリエ変換はよく時間領域の信号(関数)  f(t) を周波数領域に移し、逆フーリエ変換は周波数領域の関数  F(\omega) を時間領域の信号に戻すものだと言われ、次のような式で定義されます。

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イメージ的にはこんな感じです。

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上の図のようにフーリエ変換と逆フーリエ変換を使うことで時間の世界と周波数の世界を行ったり来たりできます。これは、時間の世界では解析が難しそうだったら周波数の世界に行ってみて、そこで簡単なものに変わってたら色々と信号を改良できて、改良したものを時間の世界に持ってこれるということを意味しています。

このようにフーリエ変換は便利そうなのですが、時間の信号の中にはフーリエ変換できないものがあります。この記事は、数学とは集合の性質を写像を通して調べる学問であるということを意識することで、どんな信号がフーリエ変換できるのかということや、数学的にフーリエ変換を観察してみると何が見えるのかということを説明します。

フーリエ変換しても住みかが変わらない関数空間とは?

まず、どのような関数であればフーリエ変換できるのかを考えましょう。ここで、関数  f がフーリエ変換できるというのは  \int_{-\infty}^{\infty} f(t) e^{-i\omega t} dt が発散しないことを意味します。まず

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という関数空間の中のすべての要素はフーリエ変換できることに注意しましょう。なぜなら、任意の  f\in L^1({\bf R}) に対して

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が成り立つからです。しかし、フーリエ変換は L^1({\bf R}) の要素を  L^1({\bf R}) へ写すとは限りません。

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実際に、次のような例があります。

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フーリエ変換しても元の関数空間と同じところに入るような関数の集まりはどのようなものでしょうか?

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つまり、どんな関数たちがフーリエ変換ができて、かつ、フーリエ変換後も住みかが変わらないのかということを考えましょう。

フーリエ変換は  (-\infty,\infty) 上で積分するということから直感的には無限遠での関数  f(t)が大きな値を持っているとフーリエ変換できなそうです。この直感を一般化して、すべての導関数が、無限遠において |t| のどんな負の整数ベキ乗よりも速く減衰するような関数の空間  \mathcal{S}({\bf R}) を数学者は考えました。

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実は  \mathcal{S}({\bf R}) の中に入っている関数をフーリエ変換しても再び  \mathcal{S}({\bf R}) の中に入り、また、逆フーリエ変換しても  \mathcal{S}({\bf R}) の中に入るということが言えます。

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これは関数空間  \mathcal{S}({\bf R}) が実用上大きな集合だったら (よく使う信号をたくさん含んでいたら)嬉しそうです。ところが、下の図のように \mathcal{S}({\bf R}) はそれほど大きな集合ではありません。

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ただし、 L^2({\bf R}) というのは

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と定義されて、色々な場面でよく利用される関数空間です。この  L^2({\bf R}) の中の関数をフーリエ変換して  L^2({\bf R}) の中に入ることを保障できないと応用上面倒なことがあります。

 L^2({\bf R})の空間がよく使われる理由

 L^2({\bf R}) の中には  L^1({\bf R}) と同様にノルムが定義されています。 L^2({\bf R}) L^1({\bf R}) との大きな違いは  L^2({\bf R}) の中には 内積 がつぎのように定義できるということです。

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実は、 L^2({\bf R}) のノルムはこの内積を用いて

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と定義されます。関数(ベクトル)の長さはノルムを使って測れますが、向きは内積を使って測ることができます。よって、 L^2({\bf R}) の要素は長さと向きを測ることができます。また、 L^2({\bf R})完備と言われる任意のコーシー列が収束するという性質を持っています。完備な内積空間をヒルベルト空間と言いますので、 L^2({\bf R}) はヒルベルト空間となります。ちなみに、完備なノルム空間をバナッハ空間と言い、 L^1({\bf R}) はバナッハ空間となります。ヒルベルト空間ならバナッハ空間なので  L^2({\bf R}) はバナッハ空間でもあります。

ヒルベルト空間の方がバナッハ空間よりも内積という構造が入っている分、深く研究でき色々な性質が調べられています。この成果を  L^2({\bf R}) を考えるときには利用できるのです。

フーリエ変換の  L^2({\bf R}) への拡張

前述の話をまとめると、  L^1({\bf R}) の要素は必ずフーリエ変換できるが、フーリエ変換した後は  L^1({\bf R}) に入るとは限らず、一方で、 \mathcal{S}({\bf R}) の要素をフーリエ変換すると再び  \mathcal{S}({\bf R}) の中に入るが  \mathcal{S}({\bf R}) は実用上は小さな集合だということでした。

そこで、数学者はどうしたかというと、  \mathcal{S}({\bf R}) で定義されているフーリエ変換を  L^2({\bf R}) へ拡張することを考えました。

まず、シュワルツ空間  \mathcal{S}({\bf R}) L^2({\bf R}) に含まれていたことに注意しましょう。つまり、 \mathcal{S}({\bf R}) の中の要素たちは  L^2({\bf R}) の内積を使うことができます。このことに注意すると、時間の世界での内積の値と周波数の世界での内積の値の間には次の関係が成り立つことが分かります。

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また、  \mathcal{S}({\bf R}) L^2({\bf R}) の中で稠密です。

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プランシュレルの定理と稠密性より  \mathcal{S}(\bf{R}) 上で定義されたフーリエ変換は  L^2({\bf R}) 上に拡張できます。

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 L^2({\bf R}) 上に拡張したフーリエ変換は次の性質を満たします。

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同様に、逆フーリエ変換も  L^2({\bf R}) 上に拡張されます。こうして、フーリエ変換に対する次のようなイメージを持つことができるようになりました。

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周波数の世界を陽に表す

フーリエ変換が  \mathcal{F}:L^2({\bf R}) \rightarrow L^2({\bf R}) として定義できましたが、時間の世界と周波数の世界を両方とも  L^2({\bf R}) で表現しているので少し分かりにくいです。そこで、周波数の世界を陽に表すために次の空間を定義します。

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このとき、時間の世界と周波数の世界の行き来の様子を次のように表現できます。

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また、プランシュレルの定理は次のように美しく書けるようになります。

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合成積のフーリエ変換

前の記事で確率変数の和を考えると確率密度関数の合成積が出てきて、合成積は確率密度関数の滑らかさを上げるので確率変数の和の確率分布関数はガウス分布ぽくなるという話を書きました。実は、フーリエ変換は時間の世界での和を周波数の世界での和に変えるだけでなく、時間の世界での関数の合成積を周波数の世界での普通の積に変えて計算をかなり簡単にする効果があります

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つまり、フーリエ変換  \mathcal{F}:L^2({\bf R}) \rightarrow L^2(i{\bf R}) は代数的な構造を保存し可逆なので同型写像となります。

よって、前の記事で確率変数  X_1,\,X_2,\,\cdots,\, X_n が独立で確率密度関数  p^{X_1}(x_1),p^{X_2}(x_2),\cdots,p^{X_n}(x_n) を持つとすると、 X:=X_1+X_2+\cdots +X_n の確率密度関数は

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となると書きましたが、フーリエ変換を施して

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を解析すればよくなります。中心極限定理を証明するときにこのことを使います。

参考文献

 記事を書くときに参考にした文献です。

(1) 全般に渡って参考にした。難しい内容だが丁寧に書いていて分かりやすい。

ヒルベルト空間と量子力学 改訂増補版 (共立講座 21世紀の数学 16)

ヒルベルト空間と量子力学 改訂増補版 (共立講座 21世紀の数学 16)

 

 (2)  フーリエ変換のイメージをつかむにはとても良い本だと思う。

これなら分かる応用数学教室―最小二乗法からウェーブレットまで

これなら分かる応用数学教室―最小二乗法からウェーブレットまで

 

予告

かなり数学的にフーリエ変換をやったので、次は応用の場面でよく登場するデルタ関数なんかを含む超関数の話とそのフーリエ変換の話をしたいと思います。その次に、前の記事の続きの中心極限定理について書きたいと思います。