初級Mathマニアの寝言

数学は色々なところで応用可能であり、多くの人が数学の抽象的な概念の意味や意義を鮮明に知ることができれば今まで以上に面白い物や仕組みが生まれるかもしれません。このブログは数学を専門にしない人のために抽象的な概念の意味や意義を分かりやすく説明することを目的としています。数学を使って何かしたい人のお役に立てたら幸いです。

射影行列

この記事では射影行列について解説します。

射影行列の定義と性質

行列  P:{\bf R}^n\rightarrow {\bf R}^n射影行列であるとは、\begin{align} P^2 =P \end{align} を満たすときに言います。

行列  P:{\bf R}^n\rightarrow {\bf R}^n が射影行列のとき、\begin{align} Q:= I_n-P \end{align} も射影行列であり(  I_n n\times n の単位行列)、\begin{align} PQ=QP =0 \end{align} であり、\begin{align} {\bf R}^n = {\rm Im}\, P\oplus {\rm Im}\, Q\end{align} が成り立ちます。さらに、\begin{align} {\rm Ker}\, P = {\rm Im}\, Q\end{align} が成り立ち、\begin{align} {\bf R}^n = {\rm Im}\, P\oplus {\rm Ker}\, P\end{align} となります。

ここで、 \oplus は以下の記事で紹介した直和を表しています。

 Q が射影行列、 PQ=QP=0 は明らかなので、まずは  {\bf R}^n = {\rm Im}\, P\oplus {\rm Im}\, Q が成り立つことを示します。任意の  x\in {\bf R}^n x=I_n x =(P+Q)x=Px+Qx\in {\rm Im}\, P+{\rm Im}\, Q となるので  {\bf R}^n={\rm Im}\, P+{\rm Im}\, Q が成り立ちますので  {\rm Im}\, P\cap {\rm Im}\, Q=\{0\} が成り立つことを確かめたら良いです。そこで、任意の  x\in {\rm Im}\, P\cap {\rm Im}\, Q をとってみると、ある  x_1, x_2\in {\bf R}^n によって  x = Px_1 = Qx_2 が成り立ちますので、  P^2x_1 =PQx_2 = 0 が成り立つことが分かります。また、 P^2=P なので  Px_1=0 となり、 Px_1 = x なので  x=0 が成り立つことになり、 {\rm Im}\, P\cap {\rm Im}\, Q=\{0\} が示せました。次に、 {\rm Ker}\, P = {\rm Im}\, Q が成り立つことを示します。任意の  x\in {\rm Ker}\,P をとると、 Px =0 なので  x=(I_n-P)x=Qx\in {\rm Im}\,Qとなり、 {\rm Ker}\,P\subset {\rm Im}\, Q が分かります。また、 PQ=0 なので  {\rm Im}\,Q\subset {\rm Ker}\, P が成り立つので、 {\rm Ker}\, P = {\rm Im}\, Q が言えました。

上のことは  {\bf R}^n 上の射影行列が与えられたら  {\bf R}^n の直和分解が得られることを示していますが、逆に  {\bf R}^n の直和分解が与えられたら射影行列が定まります。

 {\bf R}^n= V_1\oplus V_2 ならば、 V_1 = {\rm Im}\, P,  V_2= {\rm Im}\, Q となる射影行列  P, Q が一意に定まり、 Q=I_n-P となります。言い換えると、 {\bf R}^n= V_1\oplus V_2 ならば、任意の  x\in {\bf R}^n x=x_1+x_2,\,x_1\in V_1,\, x_2\in V_2 と一意に表されますが、 x x_1 に移す写像  P x x_2 に移す写像  Q が一意に定まります。この  P V_2 に沿った  V_1 への射影行列、  Q V_1 に沿った  V_2 への射影行列と言います。
上の  P, Q の存在は、 {\bf R}^n = V_1\oplus V_2 より、任意の  x\in {\bf R}^n はある  x_1\in V_1 x_2\in V_2 によって  x=x_1+x_2 と一意に分解できることから  P(x) := x_1 \in V_1,  Q(x) := x_2\in V_2 とおくと、 P^2=P, Q^2=Q, Q=I_n-P が成り立つことから分かります。一意性は、 x = P_1 x +Q_1x = P_2 x+ Q_2x と書いてみると、 P_1=P_2, Q_1=Q_2 となることから分かります。

以上のことから次のことが言えます。

行列  P が射影行列であるということは  P {\rm Ker}\,P に沿った  {\rm Im}\,P への射影行列であることを意味します。
したがって、射影行列は以下のようにベクトル空間を直和分解する写像のように思えます。

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直交射影行列

ユークリッド空間  {\bf R}^n には内積  (x,y):=x^T y が定義されているとします。射影行列  P:{\bf R}^n\rightarrow {\bf R}^n が対称行列、つまり、 P^T=P のとき、 P直交射影行列と言います。行列  P が直交射影行列だとすると、ユークリッド空間  {\bf R}^n は次のように  {\rm Im}\, P {\rm Ker}\,P に直交直和分解されます。

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行列  P が直交射影行列ではなく、単なる射影行列だと  {\bf R}^n={\rm Im}\, P\oplus {\rm Ker}\,P にはなりますが、これが直交直和とは限らないことが \begin{align} P= \begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 0 & 0 \end{pmatrix} \end{align} の上の例から分かります。
一次独立なベクトルたちが張る空間への直交射影行列は次のように表現できます。

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特に、 a_1,a_2,\ldots,a_m が正規直交していると、 {\rm Im}\, A への直交射影行列  P A^TA=I なので\begin{align} P = AA^T=a_1a_1^T+a_2a_2^T+\cdots +a_ma_m^T \end{align} となり、任意の  x\in {\bf R}^n に対して、\begin{align} Px = (a_1^Tx)a_1+(a_2^Tx)a_2+\cdots +(a_m^Tx)a_m \end{align} となります。したがって、  Px x を各  a_k 軸へ直交射影したベクトルの和として表現されます。例えば、 x\in {\bf R}^2 Px は次のように  a_1 軸と  a_2 軸へ  x を直交射影したベクトルの和ということになります。

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行列  P が直交射影行列ならば P^TP = P となるので以下が成り立つことが分かります。

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つまり、任意のベクトル  x\in{\bf R}^n の直交射影  Px の大きさは  x の大きさ以下になります。行列  P が直交射影ではなく、単なる射影行列だとこのようなことは言えません。実際に、次のような例があります。

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この直交射影の概念は、以下の記事の中でも利用しているようにシステム制御理論でもよく使われます。

参考文献

記事を書くにあたって次の本を参考にしました。

UP応用数学選書10 射影行列・一般逆行列・特異値分解 新装版

UP応用数学選書10 射影行列・一般逆行列・特異値分解 新装版