初級Mathマニアの寝言

数学は色々なところで応用可能であり、多くの人が数学の抽象的な概念の意味や意義を鮮明に知ることができれば今まで以上に面白い物や仕組みが生まれるかもしれません。このブログは数学を専門にしない人のために抽象的な概念の意味や意義を分かりやすく説明することを目的としています。数学を使って何かしたい人のお役に立てたら幸いです。

ベクトル場

この記事では、多様体上のベクトル場について解説します。なお、この記事を理解するためには多様体や接空間などの概念を理解しておくことが必要です。それらについては

を参考にしてください。

 

多様体上のベクトル場

多様体  M 上のベクトル場  X とは、 X: M\ni p\mapsto X(p) \in T_p M という対応のことです。 X(p) をよく  X_p と書きます。この記事では基本的には  X(p) と書くことにして、 X(p) だと読みづらくなると思われるところで  X_p を使うことにします。また、 m 次元多様体  M の座標近傍系が  \{ U_{\alpha}; x_1^{\alpha}, x_2^{\alpha}, \ldots, x_m^{\alpha} \} であるとき、 M 上のベクトル場  X が滑らか(  C^{\infty} 級 )であるとは  X U_{\alpha} 上で  X= \sum_{i=1}^m \xi_i^{\alpha} \frac{\partial}{\partial x_i^{\alpha}} と局所座標表示したときに、成分  \xi_1^{\alpha}, \xi_2^{\alpha}, \ldots, \xi_m^{\alpha} U_{\alpha} 上で滑らかであるときに言います。以下では単にベクトル場と言ったら、滑らかなベクトル場のことを言ってることにします。

ベクトル場を可視化した例を2次元ユークリッド空間  {\bf R}^2 という馴染みのある多様体で与えておきます。 多様体  {\bf R}^2 の(局所)座標は  (x,y) だとします。 このとき、多様体  {\bf R}^2 上のベクトル場  X X(p) = (x^2+y)\left( \frac{\partial}{\partial x} \right)_p + xy \left( \frac{\partial}{\partial y}\right)_p としますと、以下のような感じでこのベクトル場  X を可視化できます。

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つまり、 {\bf R}^2 上のベクトル場が与えられると各点に馴染みのある矢印のベクトルがくっついてるというように考えることができます。したがって、天気予報でよく見かける以下のような図は地球の表面の一部を  {\bf R}^2 で表現して風というベクトル場を可視化していると考えることができます。

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ベクトル場全体の集合の代数構造

多様体  M 上のベクトル場全体の集合を  \mathfrak{X}(M) と書くことにして、任意の  X, Y\in \mathfrak{X}(M) の和  X+Y を任意の  p\in M に対して\begin{align} (X+Y)(p):= X(p)+ Y(p) \end{align}と定義します。また、任意の  f\in C^{\infty}(M) X\in \mathfrak{X}(M) に対し、 X f 倍を\begin{align} (fX)(p):=f(p)X(p) \end{align} と定義します。このような和と積を  \mathfrak{X}(M) に導入すると、多様体  M 上の滑らかな関数の集合 C^{\infty}(M) は代数学の言葉では環の性質を満たすので、 \mathfrak{X}(M) C^{\infty}(M) 加群ということになります。また関数  f が定数関数、つまり任意の  p\in M に対して  f(p) が一定なものも  C^{\infty} 級の関数だと考えられますので、 \mathfrak{X}(M) は上の和と積で  {\bf R} 上のベクトル空間の構造も入っていることになります。

さらに、任意の  f\in C^{\infty}(M) X\in \mathfrak{X}(M) に対し、\begin{align} (Xf)(p):= X_p f \end{align} と定義します。ここで  fX \mathfrak{X}(M) の要素だったのに対して  Xf C^{\infty}(M) の要素であることに注意してください。

ベクトル場  X は局所座標表示すると、 X= \sum_{i=1}^m \xi_i^{\alpha} \frac{\partial}{\partial x_i^{\alpha}} というように書けたので1階の微分作用素だとみなせます。次に、 X, Y\in \mathfrak{X}(M),  f\in C^{\infty}(M) として  (XY)(f):=X(Y(f)) を定義して  XY を局所座標表示すると2階の微分作用素だとみなせます。同様に  YX も2階の微分作用素だとみなせます。ところが、 XY YX の差  XY-YX は1階の微分作用素となります。つまり、 XY-YX\in \mathfrak{X}(M) となります。

この  XY-YX は重要で、 [X,Y]:=XY-YX\in \mathfrak{X}(M) X YLie(リー)括弧積と呼ばれています。リー括弧積は以下の性質があります。

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ただし、上の X, Y, Z \mathfrak{X}(M) の任意の要素です。一般に、 {\bf R} 上のベクトル空間  V [\cdot, \cdot]:V\times V\rightarrow V が与えられときに、リー括弧積の性質(i), (ii), (iii) を満たすならベクトル空間  Vリー代数と呼ばれています。したがって、多様体  M 上のベクトル場全体の集合  \mathfrak{X}(M) はリー代数という代数構造も持ちます。

積分曲線

上で紹介した天気予報でよく出てくる風のベクトル場を可視化した矢印たちを眺めていると曲線が見えてくるかもしれません。以下では、そのような曲線を数学的に考えます。

で説明しているように、多様体  M 上の曲線  c:(a,b)\rightarrow M が与えられると曲線  c の速度ベクトルを考えることができて、速度ベクトルは曲線上の点の接空間の元、つまり接ベクトルになっていました。曲線上の各点の速度ベクトルを集めると曲線上のベクトル場が定義できたことになります。この曲線  c の速度ベクトルを集めてできるベクトル場を  \dot{c} と書くことにします。このとき、曲線  c の積分曲線は以下のように定義されます。

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上の  \dot{c}(t)=X(c(t)) が具体的には何ものなのかを見るために、曲線  c の一部が多様体  M の座標近傍  (U; x_1,x_2,\ldots, x_m) 上にあるとして、 \dot{c}(t)=X(c(t)) を局所座標系を使って表してみます。曲線  c U 上で  c(t) = (x_1(t),x_2(t),\ldots, x_m(t)) と書くと、\begin{align} \dot{c}(t) = \sum_{i=1}^m \frac{dx_i}{dt}(t) \left( \frac{\partial}{\partial x_i} \right)_{c(t)} \end{align} となります。また、 X= \sum_{i=1}^m f_i\frac{\partial}{\partial x_i}  X の居所座標表示とすると、\begin{align} X(c(t))=\sum_{i=1}^m f_i(c(t))\left(\frac{\partial}{\partial x_i}\right)_{c(t)} \end{align} と書けます。よって、 \dot{c}(t) = X(c(t)) は局所的には\begin{align} \frac{dx_i}{dt}(t) = f_i(x_1(t),x_2(t),\ldots,x_m(t))\quad (i=1,2,\ldots, m) \end{align} という微分方程式のことであることが分かりました。

微分方程式の解の存在定理より、初期条件  (x_1(0),x_2(0),\ldots, x_m(0)) を与えると、\begin{align} \frac{dx_i}{dt}(t) = f_i(x_1(t),x_2(t),\ldots,x_m(t))\quad (i=1,2,\ldots, m) \end{align} を満たす解  (x_1(t),x_2(t),\ldots, x_m(t)) -\epsilon<t<\epsilon で存在することが分かります。ただし、 \epsilon は十分小さな正の実数です。また微分方程式の解の一意性定理より、 a<t<b (x_1(t),x_2(t),\ldots, x_m(t)) が解で c<t<d (y_1(t), y_2(t),\ldots, y_m(t)) が解で  (x_1(0),x_2(0),\ldots, x_m(0)) = (y_1(0),y_2(0),\ldots, y_m(0)) なら  (a,b)\cap (c,d) で  (x_1(t),x_2(t),\ldots, x_m(t)) = (y_1(t), y_2(t),\ldots, y_m(t)) となります。以上は局所座標を使った議論ですが、局所座標を使わないで同じことを述べると以下のようになります。

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二つの多様体上のベクトル場の関係性

 集合  M N を多様体だとして、滑らかな写像  F: M\rightarrow N とベクトル場  X\in \mathfrak{X}(M) が与えられているとします。このとき、 F の点  p\in M における微分写像  (dF)_p: T_p M \rightarrow T_{F(p)} N によって、ベクトル  (dF)_p(X_p)\in T_{F(p)} N を得ることができます。しかし、そのような  (dF)_p(X_p) N 上のベクトル場を定義するとは限りません。実際に、写像  F が全射でないとすると、点  q\in N\backslash F(M) には  F の微分によってベクトルを定めることはできません。また、写像  F が単射でないとすると、 F M の異なる2点を  N の同一の点に移すことがあり、そのような  M の2点での接ベクトルは  F の微分写像によって異なる接ベクトルに移されることがあるからです(接ベクトルの始点は同じなのに)。したがって、滑らかな写像  F: M\rightarrow N とベクトル場  X\in \mathfrak{X}(M) Y\in \mathfrak{X}(N) が与えられたときに、 X Y F で関係付けられるとは一般には言えません。ベクトル場  X\in \mathfrak{X}(M) Y\in \mathfrak{X}(N) が任意の  p\in M に対して以下のように滑らかな写像  F で関係付けられるとき、ベクトル場  X YF-関係を持つと言います。

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 現段階では、 X\in \mathfrak{X}(M) F-関係な  N 上のベクトル場が存在することは言えていないのですが、実は  F:M\rightarrow N微分同相写像なら任意の  X\in \mathfrak{X}(M) F-関係な  N 上のベクトル場が存在することが言えます。実際に、任意の  q\in N に対して\begin{align} Y_q = (dF)_{F^{-1}(q)} (X_{F^{-1}(q)}) \end{align} と ベクトル場  Y を定めると、 X Y F-関係を持ち、 Y: N\rightarrow TN が滑らかであることは、  N\rightarrow M\rightarrow TM\rightarrow TN という滑らかな写像の合成だからです。また、 Y の定め方より  X F-関係な  N 上の滑らかなベクトル場は一意だということも分かります。このような  X F-関係な  N 上の滑らかなベクトル場を  F_* X と書いて  F による  X押し出しと言います。上の議論から、任意の  q\in N に対して\begin{align} (F_*X)_q = (dF)_{F^{-1}(q)} (X_{F^{-1}(q)}) \end{align}です。

参考文献

(1) ベクトル場の説明を参考にしました。

多様体の基礎 (基礎数学5)

多様体の基礎 (基礎数学5)

 

 (2) 微分方程式の解の存在と一意性などについて詳しく書いています。

常微分方程式の安定性 (実教理工学全書)

常微分方程式の安定性 (実教理工学全書)

 

 (3) ベクトル場の関係性についての議論を参考にしました。

Introduction to Smooth Manifolds (Graduate Texts in Mathematics)

Introduction to Smooth Manifolds (Graduate Texts in Mathematics)