この記事ではリーマン多様体という概念を説明します。リーマン多様体とは簡単に言うと多様体の各点に内積が導入された集合のことです。多様体のことを知らない人のために、まずは多様体から説明しましょう。その後に接空間、2つの多様体間の写像の微分、余接空間と1次微分形式、2次テンソル場の概念を説明して最後にリーマン多様体を定義したいと思います。以下の記事はこの記事の続編になっています。
ユークリッド空間と2次元球面の違い
多様体を理解するために、まずよく知られているユークリッド空間について復習しましょう。ユークリッド空間は次の図のように一つの座標系で空間のすべての点を表示することができます。
また、ユークリッド空間はベクトル空間の一例なので、空間の任意の2点を足せて、足しても同じ空間に入っています。
次に、球面について考えてみましょう。
球面上に座標を描こうとしても原点以外で再び交わったりしてしまいます。つまり、一つの座標系で空間のすべての点を表示できません。また、2次元球面は3次元ユークリッド空間の部分集合と思えば2次元球面の任意の2つの点を足すということを考えることができますが、 2次元球面の任意の2点を足した結果が2次元球面からはみ出ます。つまり、足すと同じ空間に入っていることを保証できません。
位相空間の初歩
多様体は位相空間なので、位相空間の初歩的なことをまとめておきます。
例えば、2次元ユークリッド空間 には次のような位相を導入できます。
同じ に、次のような異なる位相も導入できます。
位相空間 は次のような特徴があります。
一方で、位相空間 は次のような特徴があります。
つまり、 は任意の2点を開集合で分離できますが、 は任意の2点を開集合で分離できません。次のハウスドルフ空間は位相空間 のこの特徴を抜き出したものです。
つまり、 はハウスドルフ空間ですが、 はハウスドルフ空間でないということになります。
次に定義する多様体はハウスドルフ空間で、リーマン多様体もハウスドルフ空間ということになりますが、このハウスドルフ空間の2点を開集合で分離できるという性質からリーマン多様体上で最適化アルゴリズムを考えたときに、収束先がただ一つに定まることが保証できたりします。
応用上もっともよく出てくる位相空間は距離空間の距離から位相が定められた位相空間です。距離空間については、
を参照してください。
多様体
多様体は上の2次元球面の特徴を抽象化した概念です。次がその定義です。
定義が言ってることを図示するとこんな感じです。
次のように 次元ユークリッド空間 は 次元多様体になっていることが分かります。
また、 次元球面 が 次元多様体になっていることが確認できます。立体射影が気になる人はググってみてください。
このように 次元球面 はユークリッド空間と異なり、任意の点を座標表示するためには少なくとも2つの座標系が必要になりそうです。
多様体に関する注意
多様体にはベクトル空間と違って和やスカラー倍が定義されていないことに注意してください。上で述べたように、2次元球面は3次元ユークリッド空間の部分集合と考えると、ユークリッド空間には和が定義されているので2次元球面上の点に関しても和の計算ができますが、再び2次元球面の点になる保証はないのです。したがって、ユークリッド空間に含まれていることを忘れて、 上の二つの点を足そうとするのは意味をなしません。
多様体にさらに群の構造が入ると多様体の任意の二つの要素間で群の演算ができるようになります。このような多様体+群の集合をリー群と言います。リー群の例としては可逆な行列全体の集合や直交行列の全体の集合などがあります。リー群についてはこんど詳しく説明する予定です。
多様体上の関数
多様体上の各点から実数への写像を次のように考えることができます。
これは次のように考えようという提案です。
接空間
次のような微分作用素を考えましょう。
ここで、次のような疑問が生じます。
この疑問に答えるために次のように方向微分の概念を導入します。
すると、次のことが証明できます。
さらに、次のことが証明できます。
よって、 の部分集合である接空間というものが次のように定義できて 次元ベクトル空間となることが分かります。
接空間自体はベクトル空間なので接空間上で和やスカラー倍の計算ができて、計算結果は再び同じ接空間上の点になります。
接空間は名前の通り多様体に接しているイメージのはずです。このことをイメージできるようになるために、次に曲線の速度ベクトルという概念を考えましょう。
速度ベクトル
多様体上の点 を通る曲線を考えましょう。
上の曲線から定められる次のような写像を定義しましょう。
次のことが成り立ちます。
このことから次のように に関する幾何学的なイメージを持つことができるようになります。
よって、接空間は次のように多様体に接した空間のイメージになります。
二つの多様体間の写像の微分
次のように二つの多様体とその間の写像 が与えられたときの の微分を定義しましょう。
曲線 を導入すると次のように と の合成写像を定義できます。
このとき、次の関係を調べましょう。
点 と 点 のまわりに局所座標系を導入すると次のような関係が得られます。
よって、曲線 と の における速度ベクトルの関係は次のJacobi行列によって特徴付けられます。
Jacobi行列は局所座標系を定めると決定する行列です。このJacobi行列を局所座標系に依存しない写像 の局所座標表示としてとらえるために次のことに注意しましょう。
上のことより次のように局所座標に依存しない の微分写像を定義できます。
余接空間と1次微分形式
余接空間とは接空間の双対空間のことです。双対空間は次のように定義されるベクトル空間です。
双対空間の基底はもともとのベクトル空間の基底が定まると定まります。
次のように余接空間と1次微分形式は定義されます。
多様体から実数への写像が与えられると1次微分形式が定義できます。
上の1次微分形式 は次の性質を持ちます。
上の結果から余接空間の双対基底が次のように求まります。
2次テンソル場
もう少しでリーマン多様体が定義できます。そのためにあと少しだけ準備します。
任意の2次形式は次のように表示ができます。
2次テンソル場というものは次のように定義されます。
2次テンソル場には対称性という概念を与えることができます。
リーマン多様体
ようやくリーマン多様体を定義する準備が整いました。以下がリーマン多様体の定義です。
局所座標系を導入するとリーマン計量は次のように具体的に表示することができます。
上の表示式を眺めるともっと簡単に次のように表示できることが分かります。
要するに次の対応関係があることが分かりました。
したがって、正定値対称行列が与えられたら多様体にリーマン計量を導入することができてリーマン多様体を構成できます。情報幾何学で重要なリーマン計量はFisher計量と呼ばれるものです。これについては次回詳しく説明します。
参考文献
今回説明したことは基本的には次の本に全部書いてます。